エルメスの歴史

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エルメスというブランドは、同族経営によって成り立っています。
創業者のティエリー・エルメスから5代目のジャン=ルイ・デュマまでエルメス一族によって経営が行われ、2006年からは、パトリック・トーマスが務めたが、またジャン・ルイ・デュマの甥にあたるアクセル・デュマがCEOを務めています。
移り変わりの激しいファッション業界において、一族によって経営を成り立たせることは非常に難しいですが、それをエルメスは一世紀以上も続けているのです。

エルメスの始まりというのは、1837年にまで遡ります。
この時代というのはまだ自動車や鉄道というのが登場する前の時代でしたので、唯一の交通手段として馬が用いられていました。
当然今の車のようなステータスシンボルとなっていた馬車なので、車輪の数や馬の数、それを装飾するための馬具というのが珍重されるというのは想像に難しくありません。

そして創業者のティエリー・エルメスは、馬の鞍とハーネス職人として、この時代の中でパリのランパール通りに工房をかまえエルメスというブランドがスタートしたのです。

1867年、1878年のパリ万博では、それぞれ銀賞と金賞を受賞するほどで、その製造技術は高い評価を受けました。

1880年は、ブティックの移転と同時に業者への卸しだけでなく顧客への直接販売を開始し、一般顧客への認知を高めました。

1892年、後に「バーキン」の原型となる、馬の鞍を入れるためのカバン(サドル・バッグ)「オータクロア(haut-à-croire)」を制作・発売しました。

その後1900年に事業拡大のきっかけとなる、ロシア皇帝ニコライ2世への馬具と鞄の売り込みに成功しました。

一方、アメリカで乗用車の普及が始まったことから、馬具への需要縮小を予想したエルメスは、他のプロダクトの製造・販売にも手を広げ事業を多様化しました。

婦人バッグや財布を中心に、皮革製品の取り扱いを始め、1920年に自社内にハンドバッグ部門を新設しました。

初めてファスナーをバッグに用いたデザインは、瞬く間に人気商品に。これをきっかけにシャネル(CHANEL)がスカートにファスナーを使ったとされており、いまなおファッション界に残した大きな功績として記憶されます。

1927年スイスの高級時計「ジャガールクルト」とのコラボレーションにて腕時計を発表。機械部分をジャガールクルト社、デザイン部分をエルメスが担当し制作されました。ジャガールクルト社と良好な関係を築き現在でもイベントやコラボレーション時計を発売しています。

1935年に、後にケリーバッグと称される、「サック・ア・クロア(sac-à-croire)」を販売しました。

1984年にはエルメスの代名詞とも言えるバーキンを発売しました。 また、スカーフの生産・販売にも注力し、1937年に「オムニバスゲームと白い貴婦人」をテーマに初めてのスカーフコレクションを発表しました。

1951年創業者の3代目のエミール・モーリス・エルメスが死去した後エミールの次女ジャンクリーヌの婿であるロベール・デュマ・エルメスが4代目として就任しました。

ロベールはスカーフに力を注ぎました。これまでの木版技法からシルクスクリーンによる技法を取り入れました。

80色程度の精密なプリントが可能となり鮮やかで美しい発色と好評を得ました。

1957年発売の「ブリッド・ド・ガラ(式典用馬勒)は現在でも60色ほどで色違いの商品などを製造しています。

1945年春は「四輪馬車と従者」のシンボルを使用します。バッグとともにエルメスのお家芸というほど、スカーフ製造を重視しており、特にエルメス4代目社長のロベール・デュマ・エルメスの時代に売り上げを拡大させました。

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SHAREL(シェアル)

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